世界を包んだ真っ暗なシーツの、その上に散らばったヴァルダの装飾と、それよりも輝かしい光を落とすティリオンの舵の下で。
銀の光に晒された、知らぬ大地の上で。空気の中で。
立ち尽くすように夜空を浴びる彼の、その傍らに腰を下ろした。
空を仰いだままの彼を見上げることはしないまま遠く星々を見遣り、己たちのその名の由来となった瞬きを聞きながら、目を閉じた。瞼を降ろしても、脳裏に焼きついた景色は藍色の眼を焦がして離れない。眼球の中心に細糸を通したように、きりきりと細く鈍い音を響かせながら、記憶はゆっくり後退してゆく。
白い、世界まで。
その静寂を破ったのは、渇いた喉から潤いを求めて溢れた、自分自身の声だった。
「以前にも、こんなことがあったね」
自重に逆らい、瞼を上げる。広がったのは見知らぬ土地だ。
「覚えている? きみが勝手に馬を駆出してしまって、大変な騒ぎになったんだ」
「……ああ」
小さく返って来た肯定に微笑んで、しかし彼を見上げることはせずに、言葉を続けた。
「きみは本当に、昔から唐突だよね。伯父上やフィンゴンや、アレゼルを見ていても後先を顧みないなと思うことはままあるけれど、きみの場合は例外だと思うよ。普段が普段だもの」
「ふだん?」
「そう。良く出来た子ほど、問題を起こすときは大きいのだそうだよ。良い意味でも、悪い意味でも」
「……一応、父上には伝えて出てきたけど」
「出掛けるって? よく許可が出たね」
「さぁ、許可は知らないな。文を置いてきただけだから」
「……なんて?」
「花を探しに、少し出てくる。護衛も連れるし、日が昇るまでには戻るから心配しないで欲しい、という内容を、適当に」
「大嘘じゃないか」
「私だって嘘くらいつくさ」
「ふうん。……花を、探したかったの?」
「探したかったわけじゃない」
見つけたかったんだと、そう言った彼は、空に向けていた視線を大地に下とした。
見つめているのは同じものだろう、心にまで浸透した、薄れない情景。極寒を過ぎたこの地も、まだ少し、寒すぎた。
広いなぁ、と呟く声が聞こえた。唐突なそれに、そうだね、と返す。
「そして、綺麗だ」
言うと彼も、そうだね、と返した。
この広い、ひどく綺麗な大地を。空を。星を。失ったはずの光の木を。
きみの隣で、きみとともに眺めているそのこと自体。
たとえば、港で血に染まったものたちや、真っ白な凍さに消えていった愛しいものたちや、まだ瞼を落としたまま細く呼吸だけを続ける少女や、或いは、全てを振り切ってひとり死地へと向かった彼だとかに。
それはもう、涙を流して請うても許しを与えられないほど。
しあわせだと、心が叫んでやまないから。
「言っても良い?」
「何を?」
「きみが好きだよ」
この空よりは近い場所にある瞳が、ゆっくりこちらに向けられた。
広くて綺麗なこの地から離れたその双眸は、代わりに小さな姿を映す。躊躇うように少し開かれた唇からは、ほんの少しの間を置いて、知っているよと紡がれた。
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